中高生鮎友釣り選手権台湾選手バックストーリー#03 『大人の都合』
中高生鮎友釣り選手権選手権バックストーリー。
いよいよ最終回です。
前回の記事はこちら↓
最後まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
それでは最終回です。
突然の連絡
内気なアニメ少年『電気屋の店長』こと林くん。
トラウマを乗り越えたスポーツマンでもあり、みんなの相談役『老師』エディくん。
この2名で台湾選手の招待が決定し、日本に帰国した翌日のこと。僕に一本の連絡が入ってきました。
プロジェクト当初、選手の招待を依頼していた所からの連絡でした。「選手招待は無理だよ」と言っていたのもここです。
「選手として候補の学生が見つかりました。」
それは今回の候補生をアテンドしてくれた別の方が、SNSに候補生が決まったことを書き込んだあとのことです。
それが『どういう事情か』は、すぐに察することができました。
ひとまず話だけでも聞いてみようと思い、元々知人だった候補生の父親に連絡を取ることに。
「あなたの子供が選手権に出たいという話は本当ですか?」
父親は「そうです。」と答えました。
しかし色々な事情を知っているのか「あなたに迷惑をかけたくないから、無理しなくても大丈夫です。」そう言ってくれました。
候補生は高校3年生の女の子。今年を逃せば出場権はなくなります。
「今年は無理でも、私にはもう一人彼女の妹がいるから、来年以降出場できたら良いなと思っています。」
父親はそう気を利かせてくれましたが、僕はそう思いませんでした。
「それは妹さんの話で、今は彼女の話をしています。一度彼女と話をさせてください。」
こうして後日、リモート会議で面談をすることになりました。
複雑な事情のなかで
彼女の名前は『廖心妤』選手。愛称は心(しん)ちゃん。
心ちゃんは今どきの女子高生らしくオシャレに敏感で、とても気遣いの出来る良い子でした。そして気遣いが出来る察しの良い彼女は、今回の経緯もなんとなく理解しているようで、少し消極的でした。
僕は変わらず「やりたいか、やりたくないか。」という問いを、彼女に投げかけました。
彼女は「やってみたい。」そう答えてくれました。
しかし、今回はそれですんなりと話が進むものではありません。
この決定によって色々な『しがらみ』が生まれる事は明確でした。たとえ断ったとしても、何かしらの問題は浮上してくるはずです。すべてが終わったように見える現在ですが、おそらく水面下では色々な問題が現在進行形で続いているはず。
しかし、そんなくだらない事を若者の世界に持ち込みたくはない。僕は彼女に正直に話しました。
「たぶん心ちゃんは“大人の都合”ってのに気付いているよね。でも、そんな複雑な事情なんて気にしなくていい。問題や後始末はこっちに任せて、心ちゃんがやりたいことをやってほしい。」
そう伝えました。
この決定は、僕個人のエゴだったのかもしれません。大人の都合を隠しもせず、自分たちの立場やメンツのために、若者に気を遣わせている大人に対して憤りを感じたのは事実です。
だからこそ「乗ってやろうじゃないか」という気持ちになりました。
選んでも問題がある、選ばなくても問題がある。
それなら一歩踏み込んでみる。
こうして3人目の選手が決まり、8月を迎えることになりました。
当初選手1名+同伴者の予算しかなかった今回の台湾選手招待。大幅に予算を見直す必要がありました。調整のために奔走してくれた清水事務局長には感謝しかありません。
突きつけられる現実と涙
台湾選手3人の中で、選手権前日まで圧倒的な釣果を出していたのは心ちゃんでした。彼女の父は日本でもトーナメントで活躍するほど、台湾では名手として有名な方です。
その手ほどきを受けた彼女は、日本でのプラクティスでも圧倒的な釣果でした。間違いなく決勝戦に残る可能性が一番高かったのは心ちゃんです。
しかし、試合というのは色々なことが起こります。
あれだけ安定した釣果を出していた彼女が、予選敗退で終わることになります。関係者は驚きましたし、僕もまさかのことでした。
あとから本人から聞いた話ですが、試合がはじまってから手の震えが止まらなかったそうです。
予選の検量が終わり、選手の控えテントで大粒の涙を流す彼女がそこにはありました。
彼女の涙を見た瞬間は戸惑いがありました。
正直、彼女が鮎釣りにそこまで真剣だとは思っていませんでした。やる気はあったとしても、「負けてもいいかな。日本に来れるし。」程度の心づもりだと思っていました。
人目をはばかることなく涙を流すほど真剣だったのだと気付かされた僕は、思わずもらい泣きをしてしまいました。
彼女は高校3年生で、もう二度と選手権に出ることはありません。
真剣勝負とは、スポーツとはかくも残酷です。だからこそ心を動かされるのも事実です。
こうして彼女の最初で最後の選手権が終わりました。
複雑な世界なんてクソ喰らえ
最終日、彼女もあらめて今回の件について話をしてくれました。
「君は大人の複雑な世界なんて気にしなくていい。自分のやりたいことをやってほしい。その言葉で勇気がでました。本当にありがとうございました。」
選手権の直前にも同じことを彼女に僕が言ったそうですが、それは記憶にありませんでした。
僕たち大人は歳を取るにつれ、色々な『モノの仕組み』を学んでいきます。
社会の仕組み、人付き合いの仕組み、お金の仕組み、立場の仕組み。
良いモノもあれば、中には到底納得のいかないモノもあります。
人はそれを「そういうモノだ」と言って思考停止しまいがちですが、
本当にそれって「そういうモノ」なんでしょうか?
僕はこれまで周りから言われていた「そういうモノ」をたくさん覆してきました。
この選手権でもそうです。
「子供の大会なんだから、もっとショボくていいんじゃないの。そういうモノじゃん普通。」
「釣りの大会で興味のない人を呼び込むなんて必要あるの?」
そんな事をうんざりするほど言われてきました。
『空気を読み、波風を立てず、スマートに事を運ぶのが大人』なんでしょうか。それってただの『傷つかないための逃げ』だと思うんですよね。
人生はもっと興味本位で動いても良いんじゃないでしょうか。
人生はもっと行き当たりばったりで良いんじゃないでしょうか。
それが『自分が決めたこと』なら、絶対に後悔しないはずです。
僕は学生時代から、自分のやりたい事を純粋に追求してきました。時には同級生から嘲笑の対象にもなっていました。高校時代は「健くんがいるから成績最下位にはならないから安心」と言われたこともありました。でも、僕はまったく気になりませんでしたし、今でも間違った選択をしなかった自信があります。
僕は『自分で決めた回数の多さが、人生の充実度に直結する』と思っています。
自分が死んだ時、今の生き方で満足して死ねるかどうか。
もう一度みなさんにも問いたい。
今のアナタは「そういうモノ」ですか?
かつてのアナタが夢見た未来は「そういうモノ」でしたか?
3人の絆
中部国際空港に到着した初日。
どこかよそよそしかった3人は、最終日の買い物で冗談を言い合うほどの仲になっていました。
名古屋で自由時間を与えたあと、ドン・キホーテの買い物袋を両手いっぱいに持ってきた3人の嬉しそうな顔を、今でも鮮明に思い出すことができます。
選手権前日や当日は、運営の学生と一緒になって準備や片付けを手伝ってくれました。あれだけの試合をした後で満身創痍のはずなのに、嫌な顔ひとつせずに夜遅くまでいてくれました。本当にありがとう。
続く、紡ぐ物語
中高生鮎鮎友釣り選手権には、それぞれのストーリーがあります。
それは台湾選手だけでなく、出場した選手すべてにストーリーがありました。
念願の優勝を果たした山田選手。連覇を逃した河合選手。予選で圧倒的だった初出場の近藤選手。怪我をしてでも表彰台に立った川瀬選手。
過去に表彰台経験があり、今年は参加できなかった山田選手のライバルでもある森選手。来年に向けて、すでにストーリーは始まっています。
そしてこの選手権に出場したすべての選手には、これからも続く物語があるはずです。
実行委員の学生たちには、それ以上のストーリーがあります。
発起人の想いや、そのバトンを受け取った後輩。
ストーリーがあるのが、ジャパニーズスポーツであると僕は考えています。
いずれストーリーすべてを背負って世間と戦える、『本物のアスリート』が鮎友釣りの世界に誕生するまで、もう少しだけ僕が表に立って表現活動を頑張ろうと思います。
中高生鮎鮎友釣り選手権.8
スポンサード、協賛、協力、賛助をいただいた企業、団体、個人の皆さま。
会場にご来場いただいた皆さま、生中継をご覧いただいた皆さま。
出場してくれた選手の皆さま。台湾選手の3人。
そして何よりこのイベントを作ってくれた実行委員の学生とOBと事務局長。
本当に、本当にありがとうございました。
2年後のワールドカップに向けて、そして更にその夢の先へ。
今後とも郡上鮎の会をよろしくお願いいたします。
林くん、エディ君、心ちゃん。本当にありがとう。
また近いうちに会いましょう!